「事業戦略と組織戦略は連動する」「経営に資する人事」――。ここ数年、人的資本経営が重視される中、そういった言葉がよく聞かれるようになった。経営データの収集・管理・分析を行う「Loglass 経営管理」などを運営する株式会社ログラスの竹内將人氏は、その考えを最も意識している一人だ。その竹内氏が2026年5月に同社のCOOから、初代CHROに就任した。
竹内氏はセールス、事業開発、COOなど事業サイドが中心のキャリアを歩んできたが、それは常に人・組織のマネジメントとは切り離せない。メンバーとの関係構築における大きな挫折を乗り越え、10社のPMI(※)を行う中で培われたのは、泥臭くも人に寄り添う力と、ミッションから逆算した組織を構築する力だ。それらは竹内氏のCHRO1年目にどう生かされているのか。本人に話を聞いた。(文・南部香織 写真・波多野匠)
※Post Merger Integration。M&A後の企業統合プロセスのこと
組織作りの試行錯誤と、10社のPMIを経て掴んだ原点
――竹内さんは常に難易度の高い環境へ飛び込んできた印象があります。その背景にはどういった意思決定の軸があるのですか。
竹内:根幹に「ビジネスを通じて恩返しをしたい」という思いがあります。私もさまざまな人にお世話になってきました。その恩を今まで出会った人やこれから出会う人に、生活や感情が豊かになるプロダクトやサービスを届けることでお返ししたいと思ったのです。そのためにあえて、1社目は当時大きな伸び代が予想されたモバイル広告の代理店、2社目は自分よりも年下の人からも学べるようになりたいと思い、22歳の社長が興したクラウドソーシングの会社に入社しました。稀有でありながら、多くの経験を積める環境を好んでいました。
――その中で、人・組織のマネジメントの原点となった経験はありますか。
竹内:1社目のモバイル広告代理店で、大阪支社の立て直しを担当した際の実体験です。入社3年目で売上1位になりMVPを獲得した実績を買われ、責任者に抜擢されました。しかし当時の私は、「成果を出すこと」ばかりに目が向き、現場のメンバー一人ひとりの強みや想いに寄り添う視点が欠けていたんです。自分のやり方を一方的に求めてしまった結果、メンバーの離職を招いてしまうなど、組織として十分な成果を出せない状態に陥ってしまいました。
――それはショックですね。そこからどうやって立ち直ったのですか。
竹内:自身の
…
結果として、大阪に在籍した5年間で、売り上げは2倍、利益は3倍にまで成長しました。長所に目を向けるというやり方に変えるだけで、これほど組織のパフォーマンスが変わったという経験は、私のマネジメントの基礎となりました。
――その後、転職して2社目では10社のPMIを経験されています。
竹内:2社目のココン株式会社(現・GMOサイバーセキュリティ byイエラエ株式会社)はユニークな会社で、スタートアップがスタートアップをM&Aする走りの企業でした。ここではグループ全体のCOOとして、7年在籍したうちの3年間で10社のPMIを担当しました。
――10社の統合ともなると、相当苦労されたのではないですか。
竹内:大変でした。一番苦労したのは、言葉の定義・認識を揃えることです。事業を成功させるには、勝ち筋が見えていてそれが再現できることが必要なのですが、再現するには言葉の定義が揃っていないといけないんです。例えば同じ「売上を伸ばす」という言葉でも、A社とB社では捉え方や本気度がまるで違うわけです。
ですが、納得し実行してもらうために、先に自らテレアポを行うなど、営業の現場に飛び込み、勝ち筋を見せました。そこで実際に成果を出し、そのプロセスと成果を他のメンバーに渡して、その人の手柄にしてもらう、ということを徹底しました。その上で言葉の整理を進めていきました。さまざまなドメインの会社で10社のPMIを行ったことで、通常の10倍の経験ができましたし、自分のキャリアの独自性にもなっていると思っています。
COOからCHROへ。ログラス急拡大に伴う課題とは
――2022年5月に株式会社ログラスにジョインされ、2023年にはCOO、2026年5月には同社初のCHROに就任されました。就任の背景について教えてください。
竹内:実は当社は過去にもCHROではないものの、人事責任者を置いていたことがありました。ですが、HR機能はビジネスサイド、プロダクトサイド、コーポレートのカルチャー側と労務側の4つに分かれていた状態が続いていました。 一方で会社は急拡大していたので、人・組織の課題は増えていました。ですからやはり、人事を統合して対処すべきだという話になり、これまでの経験や創業メンバーと対等に渡りあえるという観点から、私に白羽の矢が立ったわけです。
――CHROとして、まずはログラスのどんな人事課題に取り組まれましたか。
竹内:前提として、私は事業を勝たせるために事業戦略があり、事業戦略を推進・実現させるために組織戦略がある、と思っています。私たちの事業は、エンタープライズ・パフォーマンス・マネジメント(EPM)と言って、企業の経営管理プロセス全体を統合・最適化するものです。テクノロジーを活用してリアルタイムに経営データを統合・分析する手法自体が国内では比較的新しいため、業界内に熟練者が少ないのが現状です。だからこそ、社員が長く在籍し、専門的なドメイン知識を溜めていくこと自体が組織の強みになるのです。いればいるほどパフォーマンスがよくなる。したがって組織戦略として考えるなら、「退職」を食い止めるべきだと考え、そこに注目してみました。すると、退職タイミングが3つに収斂されていることがわかりました。1年目、2年目、3年目の壁です。
――その退職タイミングにはどういう意味があったのでしょう。
竹内:理由を紐解くと、在籍年数ごとに直面しやすい課題の傾向が見えてきました。入社初期は環境や文化への適応、2年目以降は期待する成長や成果とのギャップなどです。背景には、急速な組織拡大に伴い多様な背景を持つメンバーが増え、孤立感や焦りを抱えやすくなっていた状況がありました。
――なるほど。それには具体的にはどのような対策をされたんですか。
竹内:一つは、パルスサーベイの導入です。「今月のパフォーマンス」と「今月の体調」、「今月の周りとの関係性」を5点満点で毎月末にフォームに記入してもらうようにしました。退職に至るまでには何らかの傾向があるはずで、社員の毎月の状態を定量で測れるようにしました。モチベーションを測るよりは、より具体的な指標の方がわかりやすいと思ったんです。するとやはり退職された方にはこれらの数字が下がる傾向があり、それが観測されたタイミングで上司や私との1on1を設定し、原因を探るようにしました。
もう一つは、「ナナメンター」という制度の設置です。これは自部署内だけでは相談しづらい悩みや、自身の環境の変化により業務やキャリアの迷いが生じたときに、他部署や少し離れた、つまり斜めの関係性の社員に相談相手になってもらうものです。まだ短期間の実施ですが、効果が見えてきています。
役職の変更や時代の変化があってもブレない。ミッションを成し遂げるために必要なことをやるだけ
――急拡大する中で、カルチャーをどのように浸透させていくかも課題ではないですか。
竹内:そうですね、組織が拡大するといきなり全体でミッションにまつわるセッションを行っても伝わらないので、まずCxOの管轄ごと、事業部ごとに行い、そのあと全体会議を行うようにしています。また、スピーカーには誰向けに話すのかを明確化してもらうよう人事から呼びかけ、なるべく解釈のずれが起きないようにしています。PMIを行った時と同じですね。
その他、誰とでも敬語で話す、職位ではなく「さん」付けで呼ぶ、など明文化されていない暗黙の文化があるのですが、それにはちゃんと背景があります。それも含めて、“ログラススタイル”として言語化することを進め、新しく入社した方がすぐ馴染める環境を作ろうとしています。
――そうしたカルチャーづくりや組織基盤の整備を進める中で、ご自身の意識や視点においては、COOからCHROに変わったことで何か変化はありましたか?
竹内:COOは事業戦略と組織戦略のクロスするところを行き来するようなイメージでしたが、CHROは組織の側に立って、事業を見る形になりました。今までだったら事業と組織両方に直接コミットしていましたが、今は組織の課題があったら、事業側にエスカレーションしています。サッカーでたとえるなら、今まではミッドフィルダーだったけど、ディフェンス側に寄った。ボランチみたいな感じです。
――人的資本経営が重視されたり、AI活用が進むなど変化の多い時代です。次世代のCHROや人事リーダーに必要なことは何だと思いますか。
竹内:人事・組織はどうしても定性の領域が多いのですが、事業や経営の目標は定量で語られることがほとんどです。そのため人事・組織で行おうとしていることが、会社が勝つためのものかは常に問いかけないといけないでしょう。また定性領域だからこそ、いかに定量化するか。人事こそ数字で現状を可視化させ、議論の土台に乗せて施策を打つべきだと思います。
結局COOでもCHROでも、会社が掲げるミッションに対してビジョンがあり、そのビジョンに対して経営計画があり、その計画を成し遂げるために自分の管掌の中で動く、ということに尽きると考えています。ミッションに準ずることはどんな変化があっても変わらないのでブレない。それが本質だと理解していることが必要なのではないでしょうか。