「こんな面白いタイミングは逃せない」。そう語るのは、ITと人・組織を軸にキャリアを歩んできた、太田昂志氏だ。同氏が新たな挑戦の舞台として選んだのは、人とAIのチカラを組み合わせ、労働力不足の解決を目指す株式会社うるる。2026年8月より同社のCHRO(最高人事責任者)に就任した太田氏は、AIの登場という歴史的な転換期において、企業はAI活用のあり方を見直し、組織をアップデートしていくべきだという。そのためにはどのような考え方が必要なのか――。また、変革を推進する人事にも向き合うべき課題があるという。営業や事業開発、コンサルティングなど事業の現場を経験してきた太田氏が考える「シン・日本的経営」のビジョンを聞いた。(文 南部香織 撮影 波多野匠)
「AIを活用した気」になっていないか。部分最適ではなく業務全体を再設計する
――今回、株式会社うるるのCHROに就任されたとのことですが、そもそも太田さんが「人・組織」を専門領域に決めた理由や経緯を教えてください。
太田:私は過去に小説家を目指し、挫折した経験があります。夢を諦めた当時、なぜ自分には才能がないのか、どうすればそれを開花させられたのかを考えました。その答えを探る中で、テクノロジーを使って人の才能を開花させられないかと考え、教育にテクノロジーを活用する教育工学を学びました。その頃から人への興味があったのだと思います。
大学卒業後は、システムインテグレーターに入社しました。在職中、ある大手企業がナレッジマネジメントシステムを導入するプロジェクトに携わりましたが、期待したほど組織の変化につながらず、システムだけで組織を変えることの難しさを実感しました。
その経験から、システムだけではなく、人や組織にも働きかけたいと考え、経営大学院や企業研修を展開するグロービスにコンサルタントとして転職しました。これが「人・組織」を自分の専門領域にすると決めたきっかけです。
――太田さんは人事としてだけでなく、様々な職種を経験しているキャリアが特徴的だと感じます。
太田:そうですね。私は法人営業や事業開発、コンサルティングなど、事業の現場でさまざまな経験をしてきました。いわゆる人事のキャリアと言えるのは、ゆめみでCHROを務めたときぐらいではないでしょうか。
こうした経験が背景にあるからこそ、人事には事業や現場への理解が欠かせないと考えています。
人事はしばしば、現場の実情を十分に捉えないまま、制度や施策の導入自体が目的になってしまうことがあります。本来、日々のマネジメントや育成、評価の主体は現場です。人事には、こうした現場の取り組みを制度や仕組みの面から支える役割があります。
ただ、その役割を担ううちに、いつしか経営や現場の間に入ることで、本来は両者をつなぐはずの人事が、かえって双方の意図や実情を見えにくくしてしまう。その結果、経営と現場の距離が広がり、断絶を生む一因になってしまった。ここに、日本の人事の構造的な課題があると思っています。
――では本質的にはどうあるべきだと考えていますか。
太田:ルーティン業務をただこなすのではなく、経営戦略や事業成長から逆算して、人事がどうあるべきかを考えること。同時に、現場で起こっていることを正しく把握し経営に伝え、実行可能性が高い人事施策を打つこと。経営と現場の双方をつなぐ役割を果たす必要があると思っています。最近言われている「戦略人事」や「経営に資する人事」というのはこのことですね。
――「AI
…
太田:課題は、AIの活用が個々の業務の効率化にとどまっていることだと思います。全員がAIを使えるようになれば個人の生産性は上がるように見えます。ただ、実際の業務は複数の工程をバケツリレーのようにつないで進めるものです。特定の工程が速くなったとしても次の工程で滞れば、全体として期待したほどの変化が起こらないこともありえます。
例えば、人事の仕事の一つに、社員へのヒアリングがあります。これをAIに任せれば、ヒアリングにかかる工数は減らせます。しかし、その後のデータ分析や課題の特定、施策の検討が従来のままであれば、業務全体の効率はあまり変わらないでしょう。何をAIに任せ、どこを人が担い、最終的な判断や責任は誰が持つのかまで含めて、業務プロセス全体を設計しなければ、本当の意味でAIを活用しているとは言えません。 個人がAIを使えることと、AIを前提に業務全体を設計し直すこと、その両方が必要なのです。
大切なのは、既存の仕事をそのままAIに置き換えることではなく、人とAIの役割を問い直し、組織や業務のあり方そのものを再設計することだと思っています。
AI時代の始まりに当事者として関わりたい。再び事業会社のCHROを務める理由
――そうした課題意識を持つ中で、前職のアクセンチュアから再び事業会社のCHROを務めようと思ったのはなぜですか。
太田:アクセンチュアでも、現場に深く入り込み、泥臭く実行に関わってきたのですが、最終的な意思決定をするのはやはりお客様です。私は支援者というよりは、当事者として働きたいという思いがあったので、事業会社に戻ろうと考えました。
また、AI活用やAX(AIトランスフォーメーション)という観点でも、今がすごく面白いフェーズだと思ったのも理由の一つです。ここ数十年のインターネットの普及やITの広がりは情報革命の前振りに過ぎず、ここからが本番。こんな面白いタイミングは逃せないですし、その変化を外から支援するのではなく、当事者として組織の中から生み出したいと思ったんです。
――選択肢はいろいろあったと思いますが、その中でなぜうるるを選んだのでしょうか。
太田:当社を選んだ理由は三つあります。一つ目は企業理念です。人とテクノロジーを組み合わせて労働力不足を解決しようとする点に、社会的な意義を感じました。二つ目は事業モデルです。AIか人間かという二者択一ではなく、その二つを組み合わせたサービスをお客様に提供しています。さらに、自社の事業運営にもその考え方を取り入れており、事業モデルと組織運営に一貫性を感じました。三つ目は経営陣の本気度です。変革を熱く語る経営者は多くいますが、社長の星、副社長の桶山からは熱さだけでなく、覚悟も感じました。この会社になら人生を賭けてもいいなと思いました。
――うるるは人材戦略にも力を入れており、「人材成長定着企業」を目指していると聞きました。具体的にはどのようなことに取り組んでいますか。
太田:社員が安心して働きながら、成長を感じられる環境と機会をつくることが基本的な考え方です。そのために、人材戦略の中核に、採用、人材育成、DEIB(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、ビロンギング)、組織開発の四つを柱に据え、重点的に取り組んでいます。
その土台となっているのが、「うるるスピリット」と呼ばれる価値観です。なかでも、「会社はホーム、社員はファミリー」と「ベンチャースピリットを持ち、挑戦し続ける」という二つのスピリットに、その考え方がよく表れています。
人は、ホームやファミリーのように安心できる環境があるからこそ、新しいことに挑戦し、成長を続けられます。安心と挑戦は相反するものではなく、安心が挑戦を支え、挑戦がさらなる成長につながる。うるるは、その両方を実現できる組織を目指しています。
未来の日本をより良くするために。AI時代の「シン・日本的経営」を体現したい
――CHROとして就任後、具体的にどのような取り組みをする予定ですか。
太田:まずは会社の現状を知りたいと思っています。外から来た役員は何かを変えることを急いでしまいがちですが、私はそれは良くないと思っています。会社を成長させてきた良いところは残し、本当に変えるべきものを見極めたいですね。そのために、就任後3ヵ月で正社員300人との1on1、その後は雇用形態を問わず、うるるで働く約500人全員と対話したいと思っています。1on1を通じて社員の皆さんのやりがいや、うるるの良いところ、課題に感じていることを、自分の耳で直接伺いたいと思っています。
――「AI活用」について、うるるではどのように実践しようと考えていますか。
太田:人事領域のAIトランスフォーメーションに取り組みたいと思っています。採用、育成、労務、評価など、人事に関わる一連の業務を棚卸しし、「どこをAIに任せ、どこを人が担うべきか」を見極める必要があります。将来的には人事部内に「AIエージェント課」があるようなイメージです。
例えば、うるるではカルチャーを大事にしていますので、採用面接を非常に丁寧に行っています。その良さは残しながら、一部をAIに任せることで、候補者との対話など、人にしか価値を生み出せない仕事により多くの時間を使えるようにしたいです。
――太田さんがうるるにおいて、これから取り組むべき課題だと感じていることは何ですか。
太田:三つあります。一つ目は事業が多角化する中での連携強化です。うるるには特性の違う複数の事業があり、ビジネスモデルや顧客、成長段階も異なります。各事業の成長を会社全体の成長につなげるためには、事業を越えた人材や知見の交流をどう促していくかが課題です。二つ目は組織規模の拡大に伴う、うるるらしいカルチャーの浸透です。組織が大きくなると、経営陣と現場が直接コミュニケーションを取る機会が減り、これまで自然に共有されてきた経営の考えや、うるるらしい価値観が現場に伝わりにくくなります。ここは工夫が求められるポイントです。そして三つ目が、まさにこれまで話してきたAI活用やAIトランスフォーメーションです。
――最後に、長期的に太田さんが目指す人事の姿を聞かせてください。
太田:人事である前に、一人のビジネスパーソンとして、2100年を生きる世代から「あの時代に、あの取り組みがあったから今があるんだ」と言ってもらえる仕事をしたいです。
私ができることは限られていますが、その中でも一つのモデルケースをつくることはできます。
人事の世界では、「スキルベース組織」「HRBP」「人的資本経営」など、その時々で海外から輸入された流行がありました。海外の知見から学ぶことは重要ですが、雇用環境も組織文化も違うのに、そのやり方をそのまま取り入れてもうまくいくはずがありません。
だからこそ、日本企業が持つ、長期的に人を育てる姿勢や、社員同士のつながりから生まれる安心感といった強みは残しながら、時代に合わない部分は変えていく。さらに、AIを活用して、人がより価値を発揮できる仕事や組織へ再設計する。いわば「シン・日本的経営」を実践していきたいと思っています。
これを、AI時代の日本企業における一つの経営モデルとして提示し、まずはうるる自身が体現する。5年以内に、上場ベンチャーの中でそのモデルケースとなれるよう実践していきたいですね。