豊かな水辺と緑に囲まれ、最先端技術と都市機能が融合した国家戦略特別区域・竹芝。そのランドマークとなる「東京ポートシティ竹芝」のオフィスタワーには1,000台以上のAIカメラやセンサーが張り巡らされ、人流データがリアルタイムに分析されている。最先端のスマートビルを実現したのは、この地に本社を構えるソフトバンクのテクノロジーだ。
AIは組織の未来や人々の働き方をどう激変させるのか? 「HR LIBRARY」創刊(2026年3月25日)にあたり、この問いを投げかけるに最もふさわしい人物を探して行き着いたのが、ソフトバンク株式会社 常務執行役員 兼CHRO コーポレート統括の源田泰之氏。人事総務本部に加え、法務、コーポレートガバナンス、CSR、広報といった部署を合わせ約600名規模の組織を束ねる重責を担う。人事トップとして組織の最前線に立つ源田氏へのインタビューでは、人材ポートフォリオ変革の決断の背景から、人事部門の役割、人事メンバーに求める資質、意外な情報インプット術まで多様な話題が飛び交った。
人材を新領域へシフトさせる組織変革
人材を新領域へシフトさせる組織変革AIエージェントが労働力を補完するための現実的な選択肢になった2025年。NVIDIA創業者のジェンスン・フアン氏は、「IT部門は将来、AIエージェント用人事部になる」と予言した(※1)。組織図に人間とAIが同列で記載される時代に、組織の形はどう再編されるのか。源田氏へ真っ先にぶつけたのは、そんな問いだった。「1年後にはまったく違うことを言っているかもしれないが」と断りながら、こう語る。
「未来の組織は、相当ドラスティックに変わるでしょう。ソフトバンクのグループ各社の人事責任者で議論した際、『本当に今の規模の従業員が必要なのか』という本質的な問いすら出ました。実際、一部のAIスタートアップは、その存在感と比べて信じられないくらい少人数で組織が運営されています。こうした極端な事例も参考にしながら、あるべき組織の姿を多角的にシミュレーションしています」
ソフトバンクは、名実ともにAI企業の最前線にいる。事業領域を急拡大させる一方で、社員数はこの3年約1万9,000名でほぼ横ばい。社内では何が起きているのか。
「生成AIを徹底的に活用することで、既存業務の効率化を図りながら、そこで浮いた人的リソースを新規事業へドラスティックにシフトさせる。これが人材戦略の要です。AIデータセンター構築やクラウド事業、あるいはOpenAIとの合弁会社『SBOAIJapan』など、これまでにはなかった新しい領域に人員がシフトしています。社員数を増やさずに事業を拡大できているのは、AIエージェントと人間が役割を分担し、人が高付加価値な領域へ機動的に動いているからです」
2025年には「全社員が1人100個のAIエージェントを作る」というビッグプロジェクトを完遂。個人の「AIを使う力」が高いのはもちろんだが、組織的な仕組みがなければ、ここまで急激に人材ポートフォリオの変革を推進することは難しいだろう。
「『自律的なキャリア形成』を重視しています。個人の挑戦したい意思を尊重しつつ、戦略投資領域へスムーズに人を異動させる。この需給バランスの最適化こそが、人事に求められる役割です」
その中核を担う仕組みが「フリーエージェント」(※2)と「ジョブポスティング」(※3)だ。これまで累計約3,000名がこれらの制度を利用して異動しているという。多くの社員が自ら手を挙げ挑戦する「手挙げ文化」が、ソフトバンクの競争力を支えている。
「フリーエージェントは、
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ただし、次世代インフラやGX(グリーントランスフォーメーション)推進など、新規事業を立ち上げる際や、特定の職種が必要になったタイミングで募集を出すこともある。その場合、中途採用と社内異動でどうバランスを取るかが論点となる。
「例えば、3年後に500人規模にする新規事業なら、初年度の100人のうち、半分はジョブポスティングで募り、20人を既存部署からの兼務や異動で賄い、専門性の高いエンジニアは中途採用で確保する......といった詳細な設計図を引きます。全員中途ではコストがかかり組織文化の維持も難しくなるし、かといって内部登用だけに頼ると既存事業の現場が回らなくなる。我々は過去6~7年の人事データを蓄積していますので、『どの部署から何人抜けると、事業にどの程度影響が出るか』を緻密に算出しています。そのシミュレーションを元に、経営企画や財務と連携し、経営会議で最終承認を得て実行に移します」
といっても、単に「人を増やさない」こと自体を目的にしているわけではない。成長事業への投資を最大化するための、攻めの布陣だ。
「AIエージェントが普及する時代、組織は常に『筋肉質』であるべきです。AIによる効率化で人を大幅に減らすことができる領域もあれば、AIを武器に新たなビジネスと雇用を生む領域もあるでしょう。採用の抑制も、あるいは大胆な拡大も、あらゆる選択肢を排除せずに、組織の舵取りを続けています」
(※1)CES2025基調講演 https://blogs.nvidia.co.jp/blog/ces-2025-jensen-huang/
(※2)フリーエージェント:希望する部門やグループ会社に自ら手を挙げ異動できる制度
(※3)ジョブポスティング:新規事業・成長事業に自ら手を挙げ異動できる制度
自発性を起点にした学びの文化
AI領域をはじめとする新規事業へのシフトには、当然ながらこれまでにない新しい職種や高度なスキルセットが要求される。未経験に近い領域への挑戦は、社員にとっても容易なことではないはずだ。そんな疑問を投げかけると、「現実的には、即戦力として必要なスキルや経験を持つ人材が異動するケースが多い」と前置きしつつ、ソフトバンクならではの「リスキリング型ジョブポスティング」という制度について詳しく語ってくれた。
これは、異動を希望する社員に対して、新しい業務に必要なスキルの習得プログラムをセットで提供し、意欲ある人材の背中を押す仕組みだ。この「学び」を支える基盤となっているのが、独自の社内研修機関「ソフトバンクユニバーシティ」である。その規模と熱量は圧倒的だ。「非常に活発に運営されており、年間のべ2万8,000人ほどが受講している」という。
新入社員向け、新任課長向けなどの階層別プログラムはもちろんのこと、リーダーシップやコーチング、プレゼンテーションといったビジネスのコア能力から、最新のAI技術やテクニカルスキルに至るまで、網羅する領域は広い。特筆すべきは、ここでの学びも「自発性」が起点となっている点だ。
「会社から強制されるのではなく、ソフトバンクユニバーシティで自ら学んだことを武器に、新しい分野にチャレンジしようと異動を志願する。そうしたポジティブなサイクルが組織の至る所で生まれています」
一方で、昨今の日本企業が直面している「罰ゲーム化する管理職」(※4)という課題についても斬り込んだ。責任と負担ばかりが増え、管理職への昇進を敬遠する層が増えている現状を、源田氏はどう見ているのか。
「そうしたネガティブな感情を抱く社員がゼロだとは言いませんが、組織運営を揺るがすような大きな問題にはなっていません」と言い切る。しかし、明確に課題として捉えているのは、「女性の管理職登用」における心理的ハードルだ。これは、単なる負担増への懸念というよりは、「自信の欠如」からくる敬遠が、特に女性に多く見られるという。
「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を払拭するためのトレーニングや、各種eラーニング、男性の育休推進など、制度面での整備は一通りやり尽くしてきました。外部の社外取締役やアカデミズムの知見も取り入れています。しかし、それでも容易には解決できない根深い心理的な壁がある。特効薬はないのでしょうね。粘り強く継続していくしかありません。近年は、実際に管理職として活躍している女性たちによるメンター制度を充実させており、一定の手応えを感じています。『マネジャーになった方が、実は自分の裁量で時間をコントロールしやすくなる』といった、経験者にしか語れないリアルな実態を伝え、不安を払拭する活動を地道に続けていくつもりです」
(※4)罰ゲーム化する管理職:現場の管理職の心理的・業務的負担が上がり続けた結果、管理職になることが「割に合わない職務」と捉えられ、昇進を敬遠する人が増えている状況
AI変革を背中で示す人事の覚悟
「AIを使って既存業務を効率化する」。口で言うのは容易いが、その実行には痛みを伴う覚悟が必要だ。ソフトバンクの人事部門は、その難題に自ら挑んだ。生成AIの活用によって、まず人事部門の業務の進め方を徹底的に見直したのだ。
「自分たちがAIを使い倒し、業務をドラスティックに変革する姿勢を見せない限り、他部署を説得することはできない」という信念が背景にあった。急成長と変革を続けるソフトバンクという巨大な組織において、経営層、そして現場の社員は「人事」という存在に何を期待しているのか。源田氏はその問いに対し、組織の構造とミッションを紐解きながら答えてくれた。
「現在、ソフトバンクの人事総務本部には約300名が在籍しています。この組織は、採用、人材開発、労務、人事企画、報酬設計、HRBP(HRビジネスパートナー)など、約10の専門領域に分かれており、それぞれがプロフェッショナルとして高い専門性を追求しています。私がメンバーに常に言い続けているのは、『人事は事業と人・組織をつなぐ存在である』ということです。会社の事業戦略や中長期的なビジョンに対して、人材戦略をいかに精度高くマッチさせていくか。これが我々に課せられた大きなミッションです」
ただし、戦略との整合性だけでは組織は駆動しない。源田氏は、より人間中心のアプローチについても語る。
「社員一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、成長できる環境をいかにデザインするかという点です。働き方改革や女性活躍の推進、エンゲージメント向上、そしてウェルビーイングの追求。これらは単なる福利厚生や流行の施策ではありません。すべては『社員が100%の力を発揮し、プロフェッショナルとして成長し続ける環境を作ること』という明確な目的に集約されています」
人事を担うメンバーに求める資質もまた、従来の人事像とは一線を画す。
「求めることは、極めてシンプルです。変化を恐れずにチャレンジし、プロセスそのものを楽しんでほしい。『それは人事の仕事ではない』と自分たちで線を引いてしまうのではなく、ビジネスの圧倒的なスピード感に合わせて、人事自らが姿を変えていけるか。それがソフトバンクで活躍するための条件です。当社には、全社員が共有する5つのバリューがありますが、中でも人事部内で頻繁に使われるのが『逆算』という単語です。例えば『社内に生成AIカルチャーを浸透させる』というゴールを定めたとき、そこから逆算して今何をすべきか、多様なステークホルダーと対話し、たとえ困難に直面してもポジティブにやり遂げる力が、これからの人事には求められています」
(後編へ続く)