シネコカルチャーのオフィスから歩くこと10分。海に近い住宅地の一角に、その農園はある。ローズマリー、ミント、レモンバーム、ユーカリ、イチジク、ショウガ、プチトマト――様々な植物たちが、思い思いの背丈で咲き誇っていた。ここはシネコカルチャーの実験場であり、同時に人が集うコミュニティスペースでもある。畝ごとに管理する人が違い、その人の性格さえ植生に映り込むのだという。畝のあいだには、小さなカメラが据えられている。一日一枚、決まった時間に撮影を続けるタイムラプスカメラだ。
農園に人間が足を踏み入れることで、新たな相互作用が生まれる。対談は、この生きた実験場を歩きながら、後半へと移っていった。
(前編はこちら:https://hrfrontier.jp/article/100020/ )
問い4|組織の価値を生むのは「人」か、それとも「関係性」か
西田: このカメラは何のために撮影しているのですか?
舩橋 : 撮った写真をつなげると、1秒間で30日分の状態が早回しで可視化できます。それをみると、植物が意思を持って生きていることが直感的にわかる。人間とは生きている時間感覚が違うだけなんです。
西田: それは、人と組織の関係にも似ているかもしれません。時間のスケールが違うものをどう共存させ繋ぐか、人事はもっと考えるべきですね。
さて、本の中でも印象的だったのが、慣行農法とシネコカルチャーの管理プロトコルの違いです。作物一種の単作栽培を行う慣行農法が「耕起→施肥→農薬散布→収穫」というシンプルなツリー型の意思決定フローで動くのに対し、まさにこの農園で行われているシネコカルチャーにおいては、300余りの要素が絡み合うネットワーク型となる。先生は、この300項目を「管理している」のですか。それとも「観察している」のですか。
舩橋: 観察したうえで、意思決定の基準として使っています。ただし、見ているのは個別の数字というより、関係性の状態なんです。AIを補助的に使いながら、多様なデータを統合的に分析して、多数の項目がどのようなネットワークを作っているのかを可視化することに挑戦しています。実際のマネージメントに有効な要素や関係は、生態系の発展に伴い毎年変化していきます。
最近のサッカーを見ていて、動的な競技に進化したと感じます。昔は誰がどの選手をマークするかが一対一で決まっていた。でも今は自分が守るべきゾーンを意識しながら、相手の動きによってマークする選手を常に変化させないと対応できない。「得点を増やして失点を防ぐ」という目的は同じでも、関係性に着目する必要性が増している一例です。
西田: 個々の動きにあらかじめ正解があるわけではなくて、関係性の状態を見るというのは、組織運営でも決定的に重要だと感じます。今まで企業の組織改革をいくつか経験してきて、「価値を生み出している単位は人ではない」と考えるようになりました。
価値を生んでいるのは、人と人との関係性です。だから組織改革とは、人を変えることではなく、関係性が育つ環境を設計することなのではないかと思っています。だとすれば、個人の採用や評価より、関係性の質が高い土壌をどう作るかの方が根本的な問いになる。
舩橋 : まさにそこです。ただ、どんな人を採用すれば、関係性が良い方向へ変化するかを面接で見抜くのはなかなか難しい。IQや適正検査だけでは他者との関係性まで測れないでしょう。例えば私が学生アルバイトを採用する時は、ひたすら普通の会話をするんです。「好きな食べ物は何ですか」「オムライスです」「自分で作るんですか」「ケチャップをかける派ですか」
…
西田: 実は私も面接でまったく同じことをやっています。
問い5|AIは組織の「知性」をどう変えるのか
西田: 少し話題を変えて、先生のAIに対する見方をお聞きしたいと思います。
舩橋 : 組織の「セーフガード」として機能するようなAIに可能性を感じています。
AIの話に入るまえに、まず「組織」の問題点に着目する必要があると思っています。人間って、個体としての自分の身体の振る舞いにはすごく最適化されているんですよ。どこか一箇所でも傷を負えば、そこをものすごくケアする。ところが、3人以上集まって組織になった瞬間、そういう機能が全く働かなくなるんです。
西田: 3人以上集まると、思考停止してしまうのですね。
舩橋 : その理由を一言で述べれば、情報が共有されなくなるからです。自分自身のことなら「あそこに傷があったな」とすぐ思い出せるし、常に感じていられる。ところが組織になると「誰かが手当しているだろう」と放置されてしまう。たとえ個々の人間が優秀であっても、組織になるとこの問題がどうしても生じる。
オーナー主導型の経営スタイルが中小企業で効果的なのは、一人の頭の中で、文脈が統一されているからです。それなのに、従業員が多くなって下手に権限委譲したことで、「文脈のない組織」になってしまって後悔する、という現象はたくさんあります。
AIは、このコミュニケーションの不備を指摘したりカバーするという点では、ある程度機能すると考えています。ただ、AIは過去のデータベースにあることからしか判断できないし、間違えてしまうこともあるので、AIを使ったから安心という前提では私は考えません。新たに来た局面は、人間とAIとが協力して判断していくことになるでしょう。
西田: 農園の分析にもAIを用いているのでしょうか?
舩橋: 従来のAIでは不十分で、情報処理の仕組みや使用方法を新たにつくる必要があります。ここの農園も圃場(ほじょう)内だけで完結しているわけではなく、鳥もやって来るし、昆虫は基本外から供給されるし、地下水は繋がっているし —— 外部環境との相互作用で繋がったもの全体で、一つの生態系になっています。
こういった複雑な状態を多視点的に観察して、いろんな側面から光を当てて見ると、「あ、ここに何かある」という「ツボ」のようなポイントが浮かび上がってきます。AIと人間が協働することで、生態系の理解が深まったり、多様な変化や新たな有用性を予測することが可能になります。
西田: 今、YKK APではKPIに代わる指標として「KHI(Key Human Indicators)」というものを作っているんです。人を評価する指標ではなく、組織の状態を見るための指標です。数字だけでは見えない対話の質や信頼の変化、人と人との関係性の揺らぎを、人事が五感を使って感じ取り、組織の兆しを捉えようという試みです。今の話と、すごく共鳴しています。
舩橋: まさにそれです。関係性を捉える場合、データだけみても人間には理解できないことが多い。さきほど申し上げた「300項目のネットワーク」も、科学的な解析と同時に、アート作品など別の感覚経路からも、直感的に生態系の状態を伝えられないかと模索しています。
西田: 受け手の感性に働きかけるような、伝え方のデザインも重要というお話ですね。非常に参考になります。
問い6|人が「自ら育つ」組織は、どうつくれるのか
西田 : 私は北海道の浦幌町で「リジェネラティブ農業」 ——不耕起・生態系再生型の農法 — に触れたことがありまして、それがYKK APの人事戦略「Architect HR」の根幹に繋がっています。土地を耕さないことで、微生物同士の競争や共生が自律的に進み、土が自ら肥えていく仕組みが動き始める。「耕す(管理・教育する)」のではなく、「自律的な成長が起きる環境をデザインする」という発想への転換です。
そこで最後に伺いたいのは、与えられて成長するのではなく、人や現場が自ら限界を超えていく組織を、どうつくるかということです。
舩橋: それは本質的な話だと思います。ただ歴史を振り返ると、生物学的な概念をそのまま社会組織に応用しようとして失敗した事例は数多くあります。例えば生命が自ら意味を生み出す「オートポイエーシス」(※1)という考え方を使って素晴らしい社会を作ろうとした試みは、ガバナンスや制度設計として創造的に機能させるには至らなかった。
西田: 生態系という世界から組織を見直すためのヒントを受け取ることはできても、それをそのまま当てはめようとすると、うまくいかないかもしれないということですね。
舩橋: その上で、「自律的な成長が起きる環境」について示唆的だと思うのは、戦後日本の経済復興が、必ずしもポジティブな感情だけで立ち上がったわけじゃないという事実です。貧困や、身内を失った怒りや悲しみといった、負の感情を燃料にして力を発揮する人が大勢いた。人間にはそういうところがあります。前編でインタビューを行った建物もまさにそんな場所で、夫を亡くした女性たちが一生懸命働いていたのです。
植物の場合、栄養が過剰な状態は、異常事態と認識されます。そうすると、他の植物と協力するのをやめて、どんどん利己的になっていくことがわかっている。逆に、打つ手がほとんどないような危機的状況でも、微生物が隙間をついて少しずつ土壌を形成していき、気がついたら繁栄する瞬間がやってくる。
西田: 設計と委ねの間、という言葉を私はよく使うんですが、まさにそのようなエピソードだと受け取りました。先生ご自身は、組織を運営するうえで、何か気をつけていることはありますか。
舩橋: あまり厳密な管理はしないという方針です。法律や人命尊重の観点から見て、「これをやったらアウト」という一線を越えなければ、うるさく言いません。私自身がフランスで生活していたこともあり、過度な管理がものすごく嫌いなんです。基本は「あなたはどう思う?」という問いから入る。ただ、それに戸惑う人もいる。「右向け右」で育ってきた人には、合わないかもしれません。日本人だと、「いや、そちらはどう思っているんですか」と、まず相手の考えを探る傾向が強い。しかしフランスでそれをやると考えていない人だ思われてしまうんです。
ただし、フランスのやり方が正しいというつもりはありません。国全体でみれば、日本もフランスもそれぞれのやり方で機能していますから。ミクロな組織運営の方法にも多様性がある。
西田: 今日の対談を通して改めて感じたのですが、私たちの身体には膨大な数の微生物が共生していて、人間は決して単独で存在しているわけではありません。そう考えると、「自分とは何か」という定義そのものが揺らいできます。
その視点で見ると、人も組織も、地球という大きな生態系の外側にある存在ではなく、その一部として存在しているのだと思います。だからこそ、先生の『拡張生態系』は、組織運営そのものの答えを与えてくれるというより、生態系という世界から組織を見直すためのヒントを受け取り、それを人事の言葉へ翻訳していく。そんな新しい視点を与えてくれる本なのだと感じました。
もちろん、私も組織を単純に生態系に置き換えたいというのではなく、生態系は、組織を見直すための優れたレンズの一つである、との認識でおります。人も組織も、生態系から切り離された存在ではないという視点には、私は大きな可能性を感じています。人と人との関係性や、自律的な成長が自然に生まれる環境とは何か。その問いを持ち続けながら、人事という仕事を、これからも探究していきたいと思います。先生からも、AI時代の人事担当者に向けて、一言いただけますか。
舩橋: 人事は、組織の外部性をすべて引き受ける役割なので、ものすごく大変な仕事だと思います。新しく採用した人から、退職する人まで、全部見ないといけない。
答えになるかわかりませんが、マリンスポーツの話をしましょう。サーフィンって、小さい波に乗ることもあれば、ものすごい大波に乗ることもあって、その時々でコントロールするのか委ねるのかが変わる。完全にはコントロールできない対象を、無理やりコントロールしようとしても失敗する。でも自分がいる位置だったり、どの波に乗るかだったり、わずかなコントロールの手がかりはあるわけです。
すべてをコントロールしたいという強迫観念を持っている人は多い。でも、祈りとか何かを信じるとか、偶然に委ねるという行為をしないと、人間はかえって不安定になる。コントロールで安心するようには、実はできていないんです。
私自身も、農園を運営していて一番幸せなのは、作物ができた時じゃないんです。蝶が勝手にやってきて、蜜を吸っている。誰も頼んでいないのに、インタラクションが起きている。そういう瞬間が、ものすごく幸せなんです。
(※1) オートポイエーシス:チリの生物学者、ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが提唱した生物学理論。細胞が自らの構成要素と境界(膜)を自ら産み出す「閉じた自己産出のループ」を指す。