日本を代表するCHROが、“人事以外の専門家”の知に触れ、組織の未来を探索するシリーズ企画「CHROの問い」。 今回は、生態系から組織運営のヒントを学ぶために、YKK APの専務執行役員CHRO(兼)人事戦略本部長 西田氏が、神奈川県大磯にいる複雑系研究者・舩橋真俊先生を訪ねた。
一般社団法人シネコカルチャーのオフィスは、東海道本線の大磯駅から歩いて20分ほどの場所にある。引き戸を開けると、天井は高く、思ったよりも奥行きがあった。木製の什器や古い装飾品が所狭しと並ぶ、時間がゆっくりと堆積したような雰囲気の空間だ。
この建物は、もともと戦後間もない時期に建てられた電気部品工場だった。戦争で夫を亡くした女性たち――寡婦に、働ける場所を用意しようという意図でつくられたのだという。往時には、100人を超える女性たちがここで手を動かしていた。
その空間の一角で、西田氏は一冊の分厚い本を手にしていた。『拡張生態系』。付箋がびっしりと貼られ、余白は書き込みで埋め尽くされている。著者は、複雑系研究者の舩橋真俊先生。Synecoculture(シネコカルチャー)という、生態系の力を最大限に引き出す農のあり方を提唱してきた人物である。なぜ人事のプロフェッショナルが、生態系や農業に興味を持ったのか。今回の問いは、そこから始まった。
問い1|人は「環境に開かれた受信体」なのか
西田:先生の本を読んで、驚愕しました。私にとって2025年に読んだ本の中で、最も感銘を受けた本の一冊でした。それは単純に内容が面白かったからというより、自分が長年人事の現場で感じてきたことに、生物学的な根拠が与えられた気がしたからです。
舩橋:どのあたりが特にそう感じられましたか。
西田:人事は長い間、「人を育てる」「人を変える」という発想で制度や研修を積み重ねてきました。しかし私は、人は育てるものではなく、自ら育つ存在なのではないかという違和感を、現場で何度も覚えてきました。だからこそ、人ではなく環境を設計するという「Architect HR」(※1)にたどり着いたのですが、その感覚にひとつの根拠を与えていただいた気がしました。
舩橋:人事の方からフィードバックをいただけるとは全く思ってなかったので、そう言っていただけるのは意外でした。
西田:先生の著作を読んだのと同じタイミングで、ダン・ブラウンの『シークレット・オブ・シークレッツ』とジャッキー・ヒギンズの『人間には12の感覚がある』という本を立て続けに読みました。3冊が異常なほど繋がっていると感じたんです。
「脳は記憶の倉庫ではなくアンテナである」「新しい場に身を置くことで、脳という受信機が受け取れる情報の質と量が劇的に変わる」 —— この仮説と、先生の「人間は閉じた個体ではなく、環境との循環の中で立ち上がる存在」という視点が、ぴったり重なったんです。
そこで最初に伺いたいのは、「人間は受信体である」という捉え方についてです。人間の本質は、閉じた答えを内に抱えているのではなく、環境に向かって開かれた受信体なのではないか。先生は生物学者としてこの点をどうお考えですか。
舩橋 :私は、開放系と閉鎖系を二項対立で捉えるのではなく、両方を同時に機能させることが重要だと思っています。人間には自己認識を司る「意識」があります。自我意識とは、自分と外界とを区切り、「これが自分だ」という内側の世界を保ち続ける働きです。その意味で、人間はすごく閉じていると言える。他方で、外部の情報を新しく取り入れ、学習することもできる。だから、閉じつつ開いているんです。人間
…
西田:企業で言えば、「開く仕掛け」みたいなものですよね。越境させるとか、違った体験をさせるとか。そういうことで「開くきっかけ」を与える。その時に、人間の潜在能力というのは生態系との接触によって引き出されるものなのかどうか、というのが私の問いです。
舩橋 :生態系に限らず、様々な外部環境との接触で引き出されると思いますよ。たとえば、人間は生まれた時に数学はできませんが、誰しも数学の潜在能力を持っている。だから、30万年前の人類の赤ちゃんを今の社会に連れてきたら、きっと数学ができるようになるはずです。ただ当時はその概念自体がなかっただけなのです。つまり、置かれた社会環境によって、人間の脳が発揮できるものは変わります。人間の潜在能力の幅は、私たちが思っているより遥かに広い。
ただ、複雑性で考えると、生態系というのは地球上で最も複雑な組織体です。だからそれに接触することが、結果的に、最も複雑な外部環境を自分の中に内化することに繋がるということは言えます。
(※1)Architect HR:YKK APの人事戦略。モノづくりの精神と建築の設計思想を組織づくりに応用し、社員が自らのキャリアを設計し、自律的に学び成長できる環境を築くことを目指す。
問い2|人はなぜ、組織の中で「本来の状態」からずれていくのか
西田:先生は、自然の中(in natura)と文明・文化の中(in cultura)という概念を使っておられます。生き物は自然の中では生理的にも生態的にも最適な状態にいられるけれど、文明や文化の中では最適点からズレていく……。「これは組織の話だ」と思いました。
人が組織の中で本来の状態からずれていくとき——過労、孤立、意味の喪失——それは、生物が自然環境から引き剥がされた状態と似ているのではないか。
舩橋:なるほど。ただ、私は”in cultura” が悪いと単純に考えているわけではなく、最適化に至る時間軸の違いと捉えています。自然の生態系では、数百から数千万年という長い時間をかけて最適化され、生物種として進化的に安定した状態に落ち着く。一方で、文明・文化の側は短期的な最適化に過ぎないので相対的に不安定と言えますが、生物は揺らぎながら変化し続ける性質(ドリフト)を持っているため、なんとか環境に適応していけるのです。そして自然であれ人工であれ、さまざまな厳しい環境圧に淘汰されて生き残った生き物の生理や生態を、後付けで最適状態と呼んでいるのです。
西田 :生態系と企業で、最も違うのは命の扱い方なのかもしれません。生態系において個体の死は循環の一部ですが、企業においては従業員の離職や解雇が重大な経営課題として扱われる。
舩橋 :はい、生態系ではむしろ個体には死んでもらわないと困る。でも、この自然法則を人間社会や組織にそのまま当てはめることはできません。
自然というのは極端で、ごく小さな面積でみたとき、先に生えた種が優先権をもち、資源を占有します。これは、現代のグローバルな資本主義の姿に良く似ているんです。「世界人口の上位1%が、すべての富のおよそ半分近くを握っている」という極端な現象が起きるのは、規制が働いていないからです。
人間は、なんとかしてこうした偏りを止めようとして社会を進歩させてきました。基本的人権のような概念は「不自然」とも言えますが、私はそれを悪いとは思っていない。ただし、自然との何らかのずれがあることを前提に、組織についても考える必要があります。
問い3|組織の「土壌」は、何によって育まれるのか
西田 :荒野から豊かな腐植土ができるまでに数百年かかると言われています。ただ、「超多様性」「織物構造」「生物群集の相互作用」(※2)などによって、自然の力を最大限に引き出して、豊かで健康な土壌をスピーディに育てることができると先生の著作から学びました。つい「組織文化を3年で変えよう」と言ってしまう。そんな私たち人事が、組織の土壌を豊かにするために必要な条件とは何でしょうか。
舩橋 :これはとても面白い質問ですが、残念ながら「こうすればいい」という処方箋はないんです。私が好きなのは、雑草のある環境です。基本的には秩序があって、きっちりコントロールされつつ、一割程度は重大事にならない程度の逸脱が許容される。そういう状態が重要なんです。
西田 :いわゆる遊びとか、無駄のようなものですね。合理性を突き詰める経営ほど、そこを排除してしまいがちです。
舩橋:生物を見ていても、必ず揺らぎがあります。個体の生存だけで見たら、「こんな不利な状態で良いのか」という習性を残していることが、長期的な回復力や、土壌の豊かさにつながっている事例がたくさんあります。
もちろん、優秀なマネージメントが厳密にKPIを管理して、部下たちができていない部分を理路整然と詰める――そういう組織運営が機能することもあります。ですが、最適化や合理性というのは、何を基準とするかでまったく結果が異なります。条件A・B・Cだけを考慮に入れた状態で最適と思われていたものが、追加の条件D・Eとして例えば「従業員」や「環境」を入れると、まったく真逆の結果になるというのは、実際の経済や社会的なシステムではよくあることです。本当に必要な条件を考慮に入れずに、合理性を追求するのは危険です。
西田 :著作の中では、「適度な攪乱が生産性を最も高める」ともおっしゃっていますね。
後編では、対談場所をシネコカルチャー農園に移して、AIと組織の関係について話を展開する。(2026年8月19日公開予定)
(※2)超多様性:生物多様性をさらに人間活動によって組み合わせて拡張できるメタな多様性
織物構造:高さや根の深さ、生活史の異なる植物を立体的に組み合わせる構造
生物群集:動物や植物のみならず微生物も含む生態系の主要素