「仕事は充実している」「けれど、この先もずっと同じことを続けるのかと思うと、不安になる......」
人事の現場で、こうした声を耳にすることは珍しくありません。採用、研修、人事企画、労務̶̶どの領域でも、まずは一つの分野で経験を積み、担当者から責任者へとステップアップしていく。この歩み方は、人事の世界では典型的なキャリアのパターンです。
だからこそ、「次にどんな経験を積むべきか」「今の専門性は、他の領域や将来的なキャリアにどうつながるのか」と悩む人事パーソンも少なくありません。なかには、思い切って異動や転職を選ぶ人もいるでしょう。
こうした悩みに対して、「HRCareerMap(※1)」という視点から捉え直すと、一つのヒントが見えてきます。それは、キャリアを一直線の“線”として描くのではなく、経験を広げていく“面”として捉える、という発想です。
(※1)HRCareerMap:人事プロフェッショナルのためのオンライン学習プラットフォームを運営するAIHR(AcademytoInnovateHR)が提唱する考え方
なぜ、人事キャリアは行き詰まりやすいのか
多くの人事パーソンがこうした悩みを抱えるのは、個人の能力や意欲の問題ではありません。背景にあるのは、日本の人事部門が抱える構造そのものだと考えます。
第一に、人事部門は「余剰を持たない組織設計」になっている点です。近年は、AIやHRテックによる効率化の流れもあって、人事は最小限の人数で回すことが求められます。結果、「業務を止めないこと」が最優先され、担当は固定されやすく、育成目的のローテーションも抑制されがちです。
第二に、人事の仕事は機能別に分断されやすい点です。採用、研修、労務、制度企画などはいずれも「人事」ですが、それぞれ専門性を求められるものです。そのため、一つの領域で専門性を深めるほど、他の領域に移りにくく、結果としてキャリアの選択肢が狭まるという逆説が生まれます。
第三に、評価が「安定運用」に寄りやすい点です。人事は成果が見えにくい一方、失敗は目立ちます。そのため、暗黙のうちに「変えないこと」「波風を立てないこと」が価値として組み込まれがちです。新しい挑戦も、“姿勢”としては賞賛されても、安定的な運用や明確な成果につながらなければ評価に結びつきにくい傾向があります。
こうした構造のもとでは、「特定の領域にとどまり続けること」が、最も無難で合理的な選択になります。結果として、多くの人事パーソンが試行錯誤を重ねながらも、どこかで行き詰まりを感じてしまうものと考えます。
「動けない」のではなく「方向性が見えない」
ここまで読むと、「構造がここまで強いなら、行き詰まり感を解消するのは難しいのではないか」と感じる方もいるでしょう。
確かに、構造そのものを変えるのは簡単ではありません。しかも人事の仕事は、それぞれの領域で専門性が求められるため、業務はサイロ化しやすく、全体を俯瞰する機会も限られがちです。結果、キャリアを積み重ねようとしても、「動けない」のではなく、「どの方向に動けばよいのかわからない」状態に陥りやすくなります。
だからこそ重要なのは、この構造を嘆いたり、無理に変えようとすることではありません。この構造を前提に、今の経験をどう広げ、どうつなげていくか、を考えること。すなわち、キャリアを「一本の線として伸ばしていく」のではなく、「面として捉え、関係する領域を少しずつ広げていく」発想が重要になってきます。
このとき、思考の補助線としてAIHRが提示する「HRCareerMap」は有効な手がかりになります。
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「HRCareerMap」が示す4つの方向性
AIHRの「HRCareerMap」は、人事に関わるすべての職種を網羅したものではありませんが、キャリアの現在地と、今後の広がり方を考える上で有効な枠組みです。このマップでは、人事における各職種を次の4つのカテゴリーに分類しています(※2)。
1インフラ型人事(Servicechampion)
労務管理、福利厚生、人事システム、各種オペレーションを通じて、組織が安定して機能し続けるためのインフラを支える役割です。日々の業務を「正確に、継続的に、止めずに回す」こと自体が重視されます。
代表的な職種:給与計算担当者、福利厚生担当者、人事システム担当者
2施策設計型人事(Solutionarchitect)
採用、育成、配置、組織開発、DEIといったテーマを通じて、人と組織が抱える課題を構造的に捉え、施策として設計・実装する役割です。施策の良し悪しだけでなく、それがどの経営課題にどう効いているのかを説明できるかも求められます。
代表的な職種:採用企画担当者、研修企画担当者、組織開発担当者
3コンサルティング型人事(Advisor)
経営と現場のあいだに立ち、意思決定を支える役割です。施策の実行以上に、「どう判断を支えたか」が期待されます。
代表的な職種:人事企画担当者、社内広報・エンゲージメント担当者、HRBP
4経営・戦略型人事(Strategist)
人事施策を個別最適で終わらせるのではなく、経営戦略と一体で設計し、企業価値の最大化に責任を持つ役割です。人と組織の視点を、経営の意思決定に組み込むことが求められます。
代表的な職種:最高人事責任者(CHRO:ChiefHumanResourcesOfficer)、最高人材開発責任者(CLO:ChiefLearningOfficer)、人事部長
(※2)各カテゴリーの名称は、AIHRの原表記をもとに、意味が伝わりやすいよう筆者が意訳したものです。
人事キャリアを前進させる4ステップ
それでは「HRCareerMap」を使って、実際にご自身のキャリアに当てはめてみましょう。
AIHRでは、求められるスキルや想定年収などを見ながら、キャリアを動的に探索できるWebツールを提供していますが、本稿では紙面だけで活用できる使い方をご紹介します。
ステップ①「これまでの歩み」を確認する
最初に行うべきは、次のポジションを探すことではありません。自分がこれまでどの領域で、どんな経験を積んできたのかを把握することです。
例えば、採用担当者としてキャリアをスタートし、その後、研修企画担当者として人材育成に関わってきたなど、評価や解釈を加えずに、そのままを地図の上に置いてみましょう。
ステップ②「今後の広がり」を知る
これまでの歩みが見えたら、今後どんな職種に広げられそうかを見てみましょう。マップを見れば、経験のつながりや、次に広がりやすい方向性が直感的に見えてくるはずです。例えば、採用や研修に関わってきた人であれば、組織開発責任者や最高人材開発責任者(CLO)といった方向性が、将来的に見えてくるかもしれません。あるいは、人事データサイエンティストや人事システム担当者(HRISAnalyst)といった、別の広がり方が見える場合もあるでしょう。
ステップ③「次の一歩」を定める
今後の広がりが見えてきたら、少し先を見据えて「次に経験したい職種」を考えてみましょう。次の一歩が定まれば、身につけるべきスキルや経験も自然と見えてくるはずです。例えば、将来的に組織開発責任者を目指すのであれば、次の一歩として、タレントマネジメント担当者(育成・配置)や組織開発スペシャリストといった役割が、現実的な選択肢として浮かび上がってきます。
ステップ④その一歩を得るための「場」を探す
最後に、そのスキルや経験をどこで・どうやって得るのかを考えます。まずは社内で、兼任やプロジェクト参加といった形で関われる機会がないかを探してみましょう。異動が難しければ、副業で補うという選択肢もあります。あるいは、必要なスキルを得るために、研修やスクールを受講するというのも手です。
ここまで見てきた通り、「HRCareerMap」は、正解を教えてくれるツールではありません。しかし、次の一歩を考えるための「地図」としては有効です。大切なのは「ポジションが空くのを待つ」のではなく、「自ら取りに行く」という姿勢です。小さくても、キャリアを少しずつ広げ、つなげていく。その積み重ねが、キャリアを確実に前に進めてくれるものと思います。
「越境」を恐れない姿勢がキャリアをつくる
キャリアを“面”で描くとは、専門性を捨てることではありません。むしろ、自分が積み上げてきた専門性が、他の領域とどうつながっているかを捉え直すことだと思います。
私自身、人事キャリアの出発点は研修領域でした。ですが、一定の経験を重ねる中で行き詰まりを感じ、事業開発の仕事に転じた時期があります。当時は、これまで積み上げてきた専門を手放してしまった感覚もありました。
しかし、今から振り返ると、この遠回りこそが、後にCHROとして役割を果たす上で大きく効いていました。事業と人事を行き来したことで初めて、「この人事の施策が、経営や事業のどこに効くのか」「そのために、人事として何をすべきなのか」が、立体的に見えるようになったのです。
人事のキャリアは、一本の線を誰よりも長く伸ばす競争ではありません。まずは自分の軸となる専門性を定め、そこから隣接する領域へ少しずつ面を広げ、経験を重ねていく。そうして初めて、扱える問いの射程が広がっていきます。
だからこそ、皆さんに問いかけてみたいのです。今、皆さんが積み上げてきた専門性は、これから、どんな可能性につながっているでしょうか。そのつながりを確かめるために、次に踏み出す一歩は、どの領域でしょうか。
キャリアを流れに委ねるのか、それとも自分の手で描き続けるのか。その選択が、人事としてのこれからを、静かに分けていくのかもしれません。